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2009.03.02(月)

【シリアルキラー】テッド・バンディ【ただしイケメンに限る】

0302-02.jpg
アメリカの記録的な連続強姦殺人鬼。初めて「シリアルキラー」と呼ばれた人。
テッド・バンディについて。




wikiより

セオドア・ロバート・バンディ(Theodore Robert Bundy、1946年11月24日 - 1989年1月24日)はアメリカ合衆国の連続殺人犯、強姦犯。通称テッド・バンディ(Ted Bundy)。

1974年から1978年にかけて、全米に亘りおびただしい数の若い女性を殺人。被害者の総人数はわかっていないが、彼は10年間に亘る否認を続けた後、30人を超える殺人を犯したと自白している。彼は原型的なアメリカのシリアルキラーとして考察される。実際、「シリアルキラー」(serial killer :serial=連続の・順列の)という表現は彼を表すために考え出されている。



私は犯罪史とか凶悪殺人犯には詳しくないのだけれど、それでもテッド・バンディの事は知っていた。
子供の頃見た「世界まる見え」の特集があまりにも印象的だった。
今あらためて調べてみると、なるほどテレビ向きだなぁと思う。


【プロフィール】
本名:セオドア・ロバート・バンディ
生没年:1946-1989
出身:アメリカ、バーモント州


【幼少期】
・父親不明の私生児として誕生。
・家が規律を重んじるメソジスト派で祖父が大変厳しい人だったらしく、私生児であることを隠すために祖父の子として育てられた。つまり母親を姉だと教えられていた。
・祖父は気性が激しく、バンディの性格も祖父に似たのだと言われている。
・4歳のころ、母親の再婚を機にバンディ姓に。
・学校の成績は優秀だったが、高校卒業前から窃盗を繰り返す。

【青年期】
・奨学金を得て大学に進学。専攻は心理学、後に法律。
・ステファニー・ブルックスという裕福な女性と交際し、婚約まで結んでいたが、後に捨てられる。失意のまま大学を中退。
・後の連続殺人で殺害された女性は、みなこの女性に外見的特徴が似ていた(黒髪ロングセンター分け・スタイルグンバツ)
・その後知人の紹介で政治家の下で働く機会を得て復活。共和党に所属しコネをつくり、ボランティア活動に勤しむ。その後大学に戻り心理学を専攻、後に知人の知事の推薦で法科大学院に入学。
・エリートコースに乗っかる事が出来たところで、ステファニー・ブルックスと再会。関係は再燃し、再び婚約を交わす。も、突然テッドのほうから一方的に破棄。そう、あくまで復讐が目的だったのだ。

テッド:「ビッチの不幸でメシがうめぇwwwwwwwww」

テッドの弟は「あの女にさえ会わなければ、兄は殺人鬼にはならなかったかもしれない」と述べている。ステファニー本人が殺されず、良く似た女が殺されまくってるっていうのもまたひねくれてるよなぁ。


【犯行とタイーホと脱走と脱走とタイーホ】

◆1974年1月~1976年7月 犯行前期
1974年1月、犯行が始まる。(少年時代から殺人をしていたという説もあるし、73年の年末から、バンディの犯行の「可能性が極めて高い」とする事件も起きている)
室内で血まみれの女性発見。鉄棒で激しく殴打の上、その鉄棒が膣に押し込まれていた。一命を取り留めたが脳に生涯が残る。

それも含め1月~7月の間に、ワシントンを中心に8人の女性をストーキングして、殺している。
秋にユタ州に移り、10月に犯行を再会。3件殺害している。

11月、キャロル・ダロンシュという女性を車で誘拐しようとしたが、逃げられる。

明けて1975年1月~7月 コロラドにて5人失踪。ソルトレイクでも次々と行方不明の女性が。


◆基本的な手口
手にギプスをしてけが人を装い「車に荷物を積むのを手伝って欲しい」「道を教えて欲しい」等といって車に誘い込む。
凶器で脅して人気の無いところに連れていき、バールやギプスで殴打の後レイプ。後に殺害。
殺害後死姦することもある。
お気に入りはアナル☆

相手の抵抗力を殺いで、常に自分が優位に立ちながらヤろうとしているわけですね。やっぱり歪んでいる。


◆1976年8月 タイーホ
交通違反により車を調べられ、レイプ道具が発見される。→逮捕。
キャロル・ダロンシュの誘拐および殺人未遂の罪で有罪に。

裁判中国選弁護人がつけられていたが、テッドは自分で弁護の指揮を執ると言い出した。

図書室で調べ物をするといって、そのまま図書室の窓から飛び降り脱走。
1週間で捕まるも、その間市民騒然。
テッドTシャツバカ売れ。これだからアメ公はw

◆1978年 犯行後期、再びタイーホ
1977年12月、2度目の脱走。フロリダへ。
名を変え殺人から足を洗う事も考えていたが、あれだけの連続殺人がそう簡単に真人間に戻れるわけもなく。

1月、カイ・オメガ女子寮にて女生徒を遅い、2名死亡、2名重症。
その1時間半後、別の女子寮を襲撃。大胆杉。
半分捕まりたくてやったのでは、との説もある。

翌2月、12歳の少女を誘拐して殺害。
それから1週間もしないうちに、車が盗難車であることがわかり、逮捕。


【最期】

1979年7月、裁判でのパフォーマンスむなしく死刑宣告。
裁判で確定しただけで犠牲者は36人。

判決の際のカワート判事の発言が有名。

「からだには気をつけなさい(*)。このような人間性の浪費を見たのはこの法廷にとっても悲劇でした。君は頭のいい青年です。立派な法律家になったかも知れない。君がこの法廷に弁護士として立っていればどんなによかったかと思う。私は君に敵意はまったく持っていない。これは信じて欲しい。しかし、君は道を間違えた。からだには気をつけなさい」

*Take care of yourself:別れの時の慣用句で、日本語で表すなら「それではお元気で」「お体に気を付けて」といったところ。




それほど頭がよくて才能に溢れた人間だっていうこと。
そして社会適応能力が無ければ、そんな頭脳や才能に大した意味はないってこと。


1989年1月、電気椅子にて死刑執行。

死刑執行後を信じない人があまりに多かったため、翌日新聞の一面に遺体の写真が掲載されたらしい。
記事のタイトルは「Killer dies with a smile on his face(殺人鬼は微笑みを浮かべ死んだ)」。
0302-03.jpg
カイジみたいな横顔。


【メディアの反応】

ハンサムで頭脳明晰な殺人鬼ということで、メディアから注目をあつめる。
裁判中も怒鳴ったり騒いだりとパフォーマンスいっぱい。

脱走した時は地元民は本当に怯えていたし、「シリアルキラー」なんていう新しい言葉を流行らせた。死刑までの間にたくさんのファンレターも受け取った。

何でもかんでもミーハーに騒ぐのはアメリカの駄目なところだと思うけど、そういえば日本にも「ああいえば何某」さんとか居たなぁ。。人のこと言えねぇなぁ。。
でもそのくらいアメリカ社会に与えた影響が大きかったんだと思う。



しかしこういうリアクションを見ていると「イケメンなら大抵の事は許される」っていう言葉を痛感しますね。



【参考文献】

テッド・バンディ-Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3

テッド・バンディ-マジソンズ博覧会
http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/mondo/m_14/m14_1.html

Ted Bundy-プロファイル研究所
http://profiler.hp.infoseek.co.jp/ted.htm
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